【カーネリア】 4巻


第4回 肉の弾

 シスター・カーネリアは僕の右手全体に激痛を与え
たまま、やさしく語りかけてきた。
「大人しくしていてくれるわよね、トビー」
 僕は涙目どころか本気で涙を流しながら首を縦に振
った。瞬間、手首の角度はゆるまって、痛みは幻のよ
うに溶けて消えた。
「誤解しないでね、トビー。
 私は女神に遣わされたあなたの守護者なの」
 彼女はそう耳元にささやきながら、僕に窓の外を見
るように指示した。「トビー」という彼女の呼びかけ
の「ビー」の部分が、やけにくすぐったい。
 乗客の列はゆっくりと車外に向け流れ出した。カー
ネリアに押されるようにじりじりと前へ進みながら、
車窓からホームを眺めた。正面改札へと続く階段の下
に、あいつらの姿があった。帝都の駅でも見送りに来
てくれた、あの3人組だ。
「手厚く歓迎してくれるみたいよ」彼女の喉元からく
ぐもった笑いが響く。「導力器を返してくれ」首をひ
ねって僕は訴えた。カーネリアは答えなかった。左右
から乗務員に挨拶されて、鉛色のホームへと出る。畜
生、バカどもが。人がこんな目に遭ってるのに、どう
して気づかないんだ? 吹きつける霧のような雨に半
ば目をつむった僕は、濡れた階段を半歩ずつゆっくり
と降りていく。その後ろから同じ歩幅でカーネリア。
出迎えの連中は階段のすぐ下で待ち構えている。この
ままあの得体の知れない奴らに引き渡されるのだと、
僕は思った。3人組の顔が近づくにつれ、バッグを握
る左手に熱がこもってくる。
 階段のちょうど中間で、突然カーネリアが言った。
「トビー、足元を見て」言われるまま僕は、雨水のし
みたブーツのつま先へ視線を落とした。そして息を吐
いた瞬間、カーネリアに思い切り突き飛ばされた。爪
先から振り出た水滴の向こう、天地が入れ替わるのが
見え、僕の体は階段下の連中に背中から降り注いだ。
 みしりと肋骨が潰れ、また復元される感触。軍人風
の連中2人の間に雪崩れ込み、彼らを押し倒した勢い
のまま水溜りへと突入する。乗客たちの悲鳴が鉄道の
ブレーキ音みたいだ。ぐるぐる渦を巻く世界の中で、
冷たいタイル地を背中に感じたまま、僕は左手の方へ
と眼球を転がす。5本の指はしっかりバッグをつかん
だままだった。
 体を起こそうとして滑り、僕はあごから潰れてうつ
伏せになった。懸命に左右を見回したが、軍人風の男
たちの姿は見えない。シスター・カーネリアの姿だけ
が、頭上のホームに見えた。まるで穀物袋でも担ぐみ
たいに、肩の上に男を乗せている。彼女は列車の方を
向くなり、そいつを線路下へと投げ込んだ。僕はよう
やく立ち膝をつく。世界はまだ波打っていた。シスタ
ーのブーツが近づき、僕の手を引く。握ったときの違
和感に、僕はまだ気づかない。
「行くわよ、トビー」
 引きずられるようにして立ち上がり、やがて僕らは
駆け出す。野次馬が音を立てて道を開けた。左腕の先
でバッグが頼りなくゆれ、ひたひたとふとももを叩い
た。改札を抜けるとき、ようやくシスターが手を放し
てくれる。ばりっと何か剥がれる。僕はシスターの両
手が、紅く返り血に染まっていることに気づく。走り
ながらホームの方を振り返った。僕を迎えに来た3人
の姿は、もうどこにもなかった。