賭博師ジャック 13巻


第13回 筋

「貴様はこの娘に毒を盛り、
 キングを脅していたんだな!」
ウォンの口から飛び出した一言に
ハルは打たれたように身を硬くした。
観客の間からも、驚きの声がもれる。
ウォンの追求にエンリケは必死の弁解を続けた。
どうにか動揺を抑えようとしたが、
彼にはそれを隠し切るだけの度量もなかった。

1/7


同業者たちの疑いの眼を前に
言い訳を続ける彼の姿はどこか滑稽に見えた。
誰もがジャックの言葉を信じ始めていた。
もちろん、7年前にエンリケが
ハルに毒を盛ったという証拠はどこにもない。
だが、彼の主張には「筋」がない。
対してジャックの言い分は「筋」が通っていた。
裏の世界には、常に裏切りが付きまとう。
皮肉ではあるが、だからこそこの世界では
「筋」――物事の倫理的な論理性が重視される。

2/7


この「ルール」に従えば、証拠など意味はない。
エンリケが何らかの制裁を受けることは確実だった。
ようやくそれを悟ったエンリケは
観念したのかぱったりと弁明を止めてしまった。
ハルはずっと立ち尽くしていた。
色んな想いが溢れ出てきて、動けなかった。
「父は負けてはいなかった。」
真実は彼女の心をなぐさめてくれたが、
同時に深い喪失感をも抱かせるものだった。

3/7


父は自分のために死を選んだ。
それはあまりに大きく、
あまりにも悲しい父の姿だった。
彼女を突き動かしてきた復讐の炎は
いまや完全にその勢いを失った。
それはくすぶり、細い煙をあげ、
……そして白い灰へと変わってしまった。
「……そんな、そんなことって……
 パパは私のために…………………!」
沸き上がる想いが言葉となってこぼれ、

4/7


彼女の中で何かが弾けた。
床へ崩れ落ちたハルは、
その場に屈みこみ大声で泣きじゃくった。
そんなハルを横目に、ウォンはジャックに
ねぎらいの言葉をかけ、肩を叩いた。
「今夜は最高の夜になった。
 出来る限りの望みを叶えてやろう。」
彼はジャックにささやいた。

5/7


「ならばハルをもらおう。」
ジャックは迷いなく答えた。
ウォンは答えに窮した。
ハルがいかに哀れであろうとも、
彼女はエンリケの持ち駒だ。
7年前のことで制裁があったとしても
彼女を自由にするのは難しく思えたのだ。
「ジャックの望み通りにしろ。
 一体何の問題があるんじゃ。」

6/7


背後から投げかけられた声に
広間にいた全員が凍りついた。
すべての視線が一点に集中する。
視線が結ぶ先にはあの髭の老人、
シャムロック大老がいた。
「娘はくれてやればよかろう。
 …………のう、エンリケ。」
エンリケは力なくうなずいた。
ようやく船内に、勝利を祝う大歓声が巻き起こった。

7/7